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Instagram投稿 #南相木村

みなさんが南相木村で感じたことや、
心に残ったこと、びっくりしたことを共有します!

エシャレット
元々は、沖縄土産の「島らっきょう」白い品種と赤い品種をいただきました。
もう何年?6年位前かしら
食べずに植えたの(笑)

長野の標高1000mの冬は氷点下10℃位に下がる地域で、よく育ってます✨

でも、エシャレットって白い部分がもっと長いですよね💦最近、YouTube動画でエシャレット名人さんを発見したんですが、植え付けの深さが20㌢とあり…わたしは10㌢以上深く植えると良くないって聞いていたのに…
この秋は深植えチャレンジです✨

毎年、試行錯誤です💦
この試行錯誤が楽しいのだけど🎶

今日も道の駅八千穂高原に出してます✨
michinoeki_yachihokogen 

赤は白と比べて辛味が強いので、天ぷらオススメです!

#道の駅八千穂高原
#南相木村
#南佐久郡
#長野県
長野県南相木村防災無線 いきものがかり「SAKURA」

鳴動 17:00(3月のみ)

#南相木村 #防災無線
南相木村の不戦の像

#南相木村 #ツーリング #ja45 #honda #原付

~ 平和への誓い新たに ~

ここ村境の「別れの松」は、過ぎし戦いの日大命を受けた若者たちが一言の抗弁も許されずに村民総出の歓呼の声に送られて愛する人々と最後の言葉を交わしたまさに戦争の悲劇が凝縮した場所であります。
当時出征するということは、死を決意することであり肉親に対する断ちがたい愛情と国に対する忠誠のはざ間に苦悩しつつ征途についたのでした。送る者送られる者「達者で帰って」という切なる願いも空しく、多くの若者が再び「別れの松」の下に姿を見せる事なくその尊い生命を国に捧げたものです。
見送る母親の表情には当時軍国の妻軍国の母の名のもとに万斛の思いを秘めて透徹した諦観の相を感じます。母親の手にすがる男の子は「お父さん早く帰って」と必死に叫んでおります。そして母親の背中に無心に眠る幼子は二度と父親の顔を見ることはできません。何という非情の世界でありましょう。さらに残された家族のたどった戦後の苦難の歴史を思う時この悲劇は断じて繰り返してはなりません。
戦後四十年、往時を回顧し村民相はかつて戦没者に対する鎮魂と平和への悲願をこめて、ここに「不戦の像」を建立いたしました。

昭和62年9月23日
南相木村