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近年まで全国で唯一の茅葺屋根の庁舎として有名だった旧役場庁舎。現在は、江戸時代に盛んに行われた村芝居の名残として残る廻り舞台や、南相木村の郷土資料などが展示されています。
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民俗資料館の沿革 @建立年代 「村財産書上」(明治22年)には、「草家旧新楽殿・・・是は上耕地の所有なりしを維新の際より全て村所有の持ち屋とす」とあり、以前は神楽殿と呼ばれていることがわかりました。また建築された年代については、江戸時代の天保年間と伝えられていましたが、復元工事の際に、天井裏の廻り舞台の回転軸に「天保三辰年」の刻印が見つかり、天保3年(1832)に建立されたことが明らかになりました。
A時代背景 幕末から明治初期には、信州各地の村々に地芝居を演じる舞台が盛んに建てられました。そして、舞台は地域の娯楽の殿堂であるとともに、芝居を成功させるために地域の人々の絆を強くさせるという役割も果たしていました。しかし、江戸時代の政治改革期や明治時代の学制公布時(1872)に、歌舞伎は贅沢なものであるから慎むようにという政策が出されました。従って、村では神楽殿と呼び、公式的には歌舞伎舞台でないことにしていました。しかし、娯楽としての歌舞伎の地芝居の上演は、民衆の熱い願いで継続され、日清戦争時に下火になるまで、県下各地で盛んに行われていました。
B学制の公布による学校への転用 「学制」が公布されると、寺院や民家を借り受け、学校を作らなければならなくなりましたので、南相木村では中島区の常源寺を借りて学校としました。この時、佐久地方では92校の内、86校が寺院・神社・民家を借りて校舎にしていました。村では、その後明治30年に岩鼻地区の民家に学校を移転し、明治35年に舞台を改修し校舎としました。
C学校から村役場へ このようにして、村は舞台を学校に転用したのですが、その期間は短く、明治45年には、校舎を新築し移転しています。そしてその後、大正2年から平成5年まで80年の長きに渡って、舞台は村役場として使用されることになったのです。このような沿革を見たときに、現在の民俗資料館は、舞台・学校・役場と使用の目的は変わりましたが、役場として使われた時代が最も長いことがわかります。そして、全国唯一の茅葺き屋根の役場庁舎として、広く人々に愛され続けてきました。
D 廻り舞台などを復元し民俗資料館へ 平成5年新役場庁舎の新築に伴い、「旧役場庁舎保存研究委員会」を発足させ、利用法を検討した結果、廻り舞台など復元し、民俗資料館として後世に保存することを目的に、平成8年民俗資料館が誕生しました。
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